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植物の五感 (Sense of Plants)
Ken Yokawa, PhD
yokawa@uni-bonn.de (2014年11月連載開始、更新が遅くて済みません)

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植物はひっきりなしに変化する環境の中で、生き抜いていくことを強いられています。 動物であれば寒いと感じれば日の当たる場所へ、天敵の唸り声が聞こえれば逃げ、喉が渇けば水場へと移動することが出来ます。 それに対して、一生のほとんどを同じ場所で過ごす植物はどのようにして目まぐるしく変化する環境(春夏秋冬、昼夜、雨風など)の中、サバイバルしているのでしょうか?

種さえ撒いて水を与えれば自律的に、一種のロボットのように植物は生育すると思われがちですが、組織や細胞のレベルで観察すると驚くべき彼らの生存戦略を目にする事が出来ます。 上述のように我々動物が生命活動を維持する(天寿を全うする)には、外界で何が起こっているかを知るための接点が必要になります。 これはいわゆる、五感というものであり、触覚、聴覚、視覚、嗅覚、味覚などが挙げられます。

さて、植物には五感は備わっていないのでしょうか? 生物は全て死への最大限の抵抗を行うことによって持続性を保っています。単細胞のアメーバやプランクトンなどでも、好ましくない環境から身を遠ざける(走性といいます)ことにより、生き続けようとします。 実は植物にも動物同様の「感覚」をフルに活用し、外界の情報を(ときには動物に比してとてつもない感度で)いち早くキャッチし、脅威に備えている事が分かってきました。

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植物の感覚に関する(文献上)初めての記述は、進化論を著した事で有名なチャールズ・ダーウィンが彼の息子であるフランシス・ダーウィンによるものでした。 ダーウィン親子は植物を材料としてさまざまな観察を行い、得られた結果と考察を元に1880年に「The Power of Movement in Plants(運動する植物)」を出版しました *。 例えば、トウモロコシの幼い芽生えを使用し、少し離れたところに蝋燭の光源を置くと、いつもそれに向かって芽(幼葉鞘)の先端が曲がっていく、という観察を行います。 これは、植物が光の方向を感知して、その方向に屈曲するいわゆる光屈性として知られている現象です。 さらに、エンドウマメの根の先端が重力の方向に伸長していく、重力屈性という観察も行いました。

では、植物はどのようにして光や重力の方向を理解しているのでしょうか?

例えば人間であれば、私達は眼(具体的に言えば網膜)を利用(最近はパソコンなどで酷使?)して外界の光を見る=感知することが出来ます。また、三半規管の中にある耳石動きを神経が検出し重力を感知しています。 ダーウィンが科学者として偉大であり、現代にまで名が語り継がれ、著作物が引用され続けてきた理由は、植物のどの部位が光や重力を感じる為に必要であったか、ということまで考察したことにあります。 彼は芽(幼葉鞘)の先端に覆いをすると、光に反応できなくなる事を示し、また、根の先端だけを火箸で焼いてしまえば重力の方向を感知できなくなる事実を示しました。

使い古された言い回しでは、事実を「ふしぎ」と思うことが全ての科学研究の始まりと言われますが、ダーウィンの発見も例外ではありませんでした。
ただ、自然の「ふしぎ」の奥には更なる「ふしぎ」が必ず入れ子のように隠されており、時には4次元状態で複雑に絡み合い、永久に科学者の仕事が終わることはありません。

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それから100年以上経ち、現在のハイテク技術に力を得た生物学研究によってこれらの観察が、細胞分子レベルで正しい事が明らかになってきています。 例えば、植物には今現在、14個もの光受容体があることが示されています
*。 これは実際に驚くべき数です。ヒトの視細胞には桿体、錐体細胞上にロドプシンというタンパク質が存在しており、視覚を担っていることが報告されていますが、植物は14個=14種類の色を見分け、使い分けているということです。 これら植物の光受容体は主に細胞膜上にあることが示されていますが、細胞質(細胞を満たす液体)にも存在することが分かっています。

具体的には、人が眼で知覚する事が出来る可視光(青、緑、赤)に加えて、植物には赤外光や紫外線をも「見る」ための仕組みが備わっているようです。

眼の場合、眼底に位置する網膜に光が当たり、光エネルギーを膜電位という電気的エネルギーへと変換して、視神経を通して大脳の後頭部に位置する視覚領野へと伝搬します。 丁度これは、パソコン(ハードディスク、メモリ、CPU)と接続されたチャットなどに使うカメラの構成とよく似ています。

それでは動物のように脳ー中枢神経系を持たない植物の場合どのように外界から得られた光情報を処理するのでしょうか。

ほとんどの場合、受容した光刺激は細胞内のシグナル伝達というものに置き換えられます。これは前述の通り、光情報を生物がより柔軟に利用できる形に置き換える大切なプロセスです。

光受容後の細胞内シグナル伝達とは、おおざっぱに言えば光という物理的情報を化学的な反応に置き換える過程のことを指します。例えば、一般的に有名な光合成反応を思い浮かべて頂けると簡単だと思います。

光のエネルギー(物理エネルギー)と二酸化炭素を、植物の持つ能力により生物が利用できる、糖分という形で利用できるようにする反応です。この反応を利用もしくは横取り?することで地球上の動物は進化し、繁栄することが出来ました。

植物は従属栄養生物と呼ばれ、我々動物のように空腹だからといって食べ物を得に歩いて行く訳にはいきません。そこで、生育する上で特に不可欠となる光の争奪を勝ち抜く戦略には長い間の蓄積があります。むしろ、自由に生育環境を移動できる動物よりも遙かに自身の生きる環境に敏感にならなくてはなりません。

分かりやすい例を述べますと、森林にいる植物は、発芽後先に背を伸ばした個体によって光を遮られてしまい、自分自身存分に光合成が出来ない状態になるかもしれません。そういうわけで、植物は先述の光受容体のうちの幾つかを利用して、今自分が好ましくない光の状態に置かれていることをなるべく早く察知することが必要です。その後は、とりあえず他のことは置いといて、出来るだけ背を伸ばすのにのみ専念をして、他個体の背の高さを凌駕して光の当たる場所を確保すれば良いわけです。

もしかしたら、窓際に置いたもやしがカーテンから漏れてくる光に向かって伸びているのを見たことがあるかも知れません。

これは光屈性(Phototropism)と呼ばれている現象で、ダーウィンが記述した後も現在に至りメカニズムの解明に多くの研究者が競争している分野です。

細胞レベルや生化学的にはかなり細かいところまで分かってきました。オーキシンという細胞の伸長を調節する植物ホルモンの分布が関わっていることも示されました。しかし、光の情報を受け取った後から植物の運動の全プロセスを説明するにはまだ未解明の事柄が多く残されています。

この光ー化学反応という現象は生物学のみならず、我々の世界にとって重要な意味を持っています。かなり多岐にわたる研究も行われています。やはり宇宙には初めに光があり、それに伴ってさまざまな物質世界が進化を遂げて来た証拠なのでしょう。

植物はほとんど動きません。しかし、動かないように見えるのは我々の時間感覚からそう見えるだけで、実は一日のあいだひっきりなしに動いています。その運動は光や他様々な刺激に左右されています。

例えば、部屋の中に観葉植物があるとして、あなたが仕事の都合で遅くなったり、または早く帰ってきたりして、電気のスイッチを点ける度に彼らは反応して、あなたのスケジュールに合わせて自分の成長を調整しているわけです。

続く